1.納豆はなぜうまい?おいしさの正体
納豆が好きな人は本当にうまいと言って食べます。醤油を滴らしながらよく練った納豆に刻みネギの薬味を撒いて、それを熱い飯の上にぶっかけて食べる快感と美味は、もうすばらしいものです。
では、なんでこんなに納豆は美味しいのでしょうか。じつはそれには理由があります。味覚には「五味」があり、「甘・鹸・酸・辛・苦」です。
「甘」はもちろんあまい味、「鹸」は塩からいこと、「酸」は酸っぱいこと、「辛」はトウガラシのような辛さ、「苦」はたとえば山菜やアユの腸に宿るにが味です。ところが納豆はこのどこにも入らないのです。
ではその美味の正体はというと第六の味、すなわち「うま味」というやつです。納豆に限らず、肉や魚やカツオ節や昆布やシイタケなどにその「うま味」というのがありますが、納豆はとくにその第六の味が強いのです。
じつはその正体は「グルタミン酸」というアミノ酸なのです。原料である大豆にはタンパク質(多数のアミノ酸の連結で構成される)が25~37% (乾物換算)も含まれていますが、そのタンパク質を構成するアミノ酸の中で、一番多いのがグルタミン酸というアミノ酸なのです。
アミノ酸にはそれぞれに味がありますが、グルタミン酸は強いうま味を持っているのです。第六の味である「うま味」は、このグルタミン酸やアスパラギン酸といったアミノ酸のほかに、肉や魚などに含まれているイノシン酸という核酸の類も有しています。
おいしくなる納豆の練り方 納豆はよくかき混ぜてから、醤油を滴らすこと。醤油を入れてからさらに練る。これが基本。人によっては最初に何回、後で何回と回数まで決めているというぐらいですから奥が深い。よく見かけるいきなり醤油や薬味を入れてかき混ぜることは避けたい。
まず納豆だけで糸でネバネバになるぐらいまでかき混ぜて、次に醤油を滴らし、さらにトロントロンになるまでかき混ぜる。これを食べるのが、二番目にうまい食べ方。 では一番うまいのはどんな納豆かというと、やはり薬味の入ったものが最高です。で、そのなかでももっとも美味というのは、刻んだネギであります。ネギにもいろいろあって、東北から関東地方では根深ネギ(白ネギ)、関西では葉ネギ(九条ネギ)が多く栽培されていますが、納豆は歴史的にも東のものであるためか、やはり根が白く少し太目の白ネギ系(千住ネギや下仁田ネギなど)がよく似合うようです。
アブラナ科のカラシ菜の種子を乾燥し、脱脂して粉末にしたのがカラシです。この粉末を黄色のウコンで着色し、水または酢か調味液で練ったものが納豆の薬味としてついてきます。鼻にツンとくる辛みはシナルビンという成分がシニグリナーゼという酵素によって分解して生じたイソチオシアン酸アリルやイソチオシアン酸オキシベンジルが主体であります。
納豆にこの黄色のカラシを入れてよくかき混ぜて食べますと、納豆の風味が少しばかリエキゾチックな芳香へと変化し、「辛うま味」という新しいジャンルの味になるのであります。
3.匂いには意味がある
食欲の源
納豆の匂いは香しいでしょう。じつは、醸造物や発酵嗜好食品の風味を表現するとき、よく「かぐわしいですなあ」などということが多いのですが、その語源は「香細」なんです。香りの性質が一様ではなく、非常に緻密で、そして多様におよび、複雑な香気である、という意味をさしているのですね。たとえば、ある原料穀物を発酵菌によって作用させると、原料とはまるで異なる香りがするもので、大豆と味噌、ダイコンと沢庵漬け、鯵の干物とクサヤ、米と日本酒、小麦粉とパン、牛乳とチーズなどはその一例であるのです。
とにかく食品の味と香りが風味をつくりあげ、それがうま味として感じられるのですから、口で味わう味のみならず、鼻で感じる匂いというのも一体であれば、それだけ「うま味」の情緒感覚といったものは、自然と高まるものなのであります。
では発酵微生物の作用によって、なぜあのように特有の奥味やうま味、芳しい香り、あるいは叙情的とでもいうのか牧歌的でもある発酵香が生ずるのでしょうか。それについては、これまでいろいろと研究されてきたのですが、すべては、そこに活躍する発酵微生物の生理的代謝にかかわる生産物に帰結することがわかっています。
納豆の場合は、まず原料の大豆を煮て、それを45度ぐらいにまで冷ましてから、稲藁の芭に包み込んで、それを40~45度ぐらいの温度に保存してやりますと、稲藁に棲息していた納豆菌(今日の工場的規模での納豆製造においては培養した納豆菌を添加している)は、そこで猛烈に繁殖して、およそ三日後には、あのネバネバの糸引き納豆ができます。
その出来上がった納豆を一粒口に入れてみると、ネバネバの粘性状の中に、煮ただけの大豆にはなかった、じつに奥行きの深い濃いうま味があり、さらに納豆特有の匂いがしてきます。納豆菌は煮た大豆で繁殖するとき大豆の成分を分解して、タンパク質からはアミノ酸類を、炭水化物からは糖類をつくり、それを体内に摂取してから、さらに摂取吸収したそれらの成分を分解して納豆特有の匂いや味をつくりあげ、それを自分のからだの外に分泌するわけです。
こうして納豆菌が大豆成分を分解して生成した納豆の匂いとはいったいどんなものかと申しますと、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、カプロン酸といった有機酸のほかに、納豆の匂いを決定づけるテトラメチルピラジンという複雑な化合物をつくるのであります。これがあの、たまらなく食欲を奮い立たせる匂いの発生源なのです。
ところで納豆の匂いといえば、日本には強弱の差はあるにしろ、この種の匂いをもつ食品が結構多いのです。たとえばクサヤの干物、熟鮮、ギンナン、塩魚汁、フグやイワシの糠漬け、古味噌漬けなどの臭みです。
果物のような芳香ではなく、かといって焼き鳥のような香ばしいものでもない。いってみれば、どことなく不快な匂いを連想させるといったほうが正しいのかもしれないこれらの食品が共通して持つ、そのような匂いを食品用語では「不精臭」と呼んでいます。
「不精」とは、怠け、ものぐさという意味で、不精臭は「不精者の臭さ」、「不精する人に出る臭み」から来た言葉です。
食品のその不精臭は例外なく微生物、とりわけ細菌による発酵で生じた酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、カプロン酸などの揮発性有機酸です。
この種の臭みを、外国人の大半は好まず敬遠し、鼻先に持って行くとしかめ面をします。ところが不思議なことに、日本人がこの手の臭みのきついチーズを敬遠するのに、西欧人はこれを平気で食べるのです。
最近、若者にもどんどん納豆を食べてもらおうと、納豆メーカーの中には、あの臭みをなくする新製品の開発が進んでいるということですが、納豆の強烈な美味さの条件の一つがあの臭みなのですから、これをなくしてしまうのは納豆屋の仁義にはずれるのではないかという気がしてならないのであります。
4.納豆は世界で七番目に臭い
ところで、納豆とクサヤでは臭さの強さ関係はどのようになっているのでしょうか。世界でもっとも臭いといわれている食べものを集めてきて、特殊な臭気測定器(アラバスター)を使って測定し、臭みの強さの順位をつけたことがあります。
その結果、第一位はシュールストレンミング、第二位はホンオ料理、第三位はエピキュアーチーズ、第四位はキビャック、第五位には焼きたてのクサヤ、第六位に鮒鮪、そして第七位が納豆でありました。したがいまして、納豆とクサヤの臭み対決はクサヤに軍配が上がったのでありました。
ちなみに第一位にあげたシュールストレンミングはスウェーデンにある魚の発酵物で、発酵の有無にかかわらず、おそらく地球上の現存するあらゆる食べもののなかでもっとも強烈な匂いを持ったものといって間違いはないでしょう。
なお、臭みの強さを測定するアラバスターという臭気測定器(半導体の高分子膜でつくられた人工鼻のセンサーで、臭気の強弱を測定し、それが瞬時に数値で表示される)で臭みの強い食べものを分析したときの順位を示しておきます。数値(Au=アラバスター単位)が大きいほど臭みが強いことを表わします。
第1位開缶直後のシュールストレンミング8070Au
第2位ホンオ・フエ(韓国のエイ料理) 6230Au
第3位エピキュアーチーズ(缶詰チーズ) 1870Au
第4位キビャック(海ツバメの発酵食品) 1370Au
第5位焼きたてのクサヤ1267Au
第6位鮒酢486Au
第7位納豆452Au
第8位焼く前のクサヤ447Au
第9位たくあんの古漬け430Au
第10位中国の臭豆腐420Au
第11位ニョクマム(魚醤) 390Au
参 考脱ぎたての靴下179Au
参 考脱ぎたての野球部の学生のストッキング274Au